一般社団法人 小郡三井医師会

病気と健康の話

  • 適応障害・気分障害そしてマニュアル化
  • 投稿者:柴田メンタルクリニック  院長 柴田 史朗

適応障害という病名は皇太子妃が病を得られたときに一躍日本中に広まりましたPTSD(心的外傷後遺症)などと共にストレス障害のグループにはいります。仕事や学校、家庭などの対人関係から来るストレス、環境の変化、金銭問題、病気などなど、我々は様々なストレスに曝されています。しかもこうしたストレスは幾重にも複合的に我々を襲ってきます。子供が腹痛を訴え何日も学校を休む。内科に行くと、どうも精神的なものみたいなので心療内科か精神科に行くようにと勧められる。とてもそのようなところにつれて行く気にならず、しぶる子供におどしなだめすかし泣きながら問い詰めると、苛められていると言う。母親がパートを休み学校にかけつけると、はっきりとは判りませんが、調査してみます、と担任の先生。
最近はモンスターペアランツも増加中で、先生も断定的なことは言いにくい。その夜、夫に涙ながらに訴えると、お前が子供をあまやかすからだ!と夫がわめきちらす。夫も厳しい上司に責められ続け、ゆとりが無く、苛立っていた。プチーンとどこかで切れる音が母親の耳元に聞こえる。夫や姑への長年の恨みつらみが爆発。
だいたい貴方(あんた)は仕事を隠れ蓑にして、めんどうなことは全部私におしつけて!と。医療費はかかるわ、パート先も休みすぎて立場が悪くなるし・・・。このようにストレスは膨れ上がっていきます。
我々はこうしたつらい状況に置かれたとき、不安を初めとして様々な症状に襲われます。そして、創意工夫をして原因となったストレスを解決あるいは軽減しようとします。結果として、うまく乗り切れないと、抑うつ・不安・情緒不安定、不眠・食欲不振などの症状が持続し本人を苦しめます。そのような反応を称して適応障害と呼んでいます。適応障害から気分障害(うつ病や躁うつ病)に突入してしまう人もいます。人は三つ以上の異なるストレスに曝されると、うつ病になる確率が高くなると言われています。中年男性が部下の女性と不倫。それがバレ、会社は左遷降格、妻からは離婚を迫られ、相手の夫からは慰謝料請求され。落とし穴はどこにでも開いています。
ところで、抑うつ状態にある適応障害とうつ病とはどう違うのか、という質問をよく受けます。とても難しい質問です。DSM-Ⅳではうつ病は、一日中続く抑うつ気分や興味の喪失が2週間以上続くこと、を中心に診断基準を設けています。けれども抑うつ気分の質や深さの違いには触れていません。この駄文をお読みの方は医師会のホームページにアクセスできる方なので、一度DSMやらICDなどをネットで調べてみてください。一般的には、たとえばストレスのある職場から配置転換になったとたんに抑うつ気分が殆ど治ってしまうのが適応障害です。本当のうつ病にかかっている人は、立ち直りが遅れます。いったん重いうつ病になると、悲観的な絶望的な袋小路に閉じ込められ、状況が良くなることなどは考えられなくなり、今の自分ではどこに行っても同じだ、と考えがちです。脳の機能も簡単には戻らず苦しい日々が長く続きます。船がストレスという波でローリングしているうちに治療しないと、横倒れ(うつ病)になった後では治るのに時間がかかってしまいます。どん詰まって解決法が見出せないときは、早めにご相談ください。
実際のところ、我々精神科医は経験により、うつ状態の質や深さを推し量り、適応障害とうつ病の違いを判断していることも多いのですが、先日、絶対にこの人はうつ病だ、と確信しながら話を聞いているうちに相手が見る見るうちに元気になってしまい、ショックを受けました。感覚を頼りに診断すると痛い目にあうことがあります。
ということもあり、DSM-ⅣやらICD-10などの診断基準ができ上がりました。前者はアメリカの、後者は国際診断基準です。いずれも抑うつ気分、幻覚妄想、食欲不振、不眠といった状態がどのくらい揃っているか、で診断名を決めていきます。いわゆるマニュアル化です
これは診察する側の感覚(主観)的な価値観を排除し、最低限の技量さえあれば、どこの国の医師でも同じ診断に辿り着く、というものです。私の後輩から聞いたことなのですが、アメリカで実際あったことらしいのですが、笑えない話でした。その昔、精神科を受診された方が医師に向かって、私はバタフライ(蝶)ストマック(胃)で苦しんでいる、と訴えました。担当医は“胃の中で蝶が暴れているという幻覚が生じているので、統合失調症(以前は精神分裂病と呼ばれていました)である”との診断を下しました。アメリカ州立病院の精神科は当時、英語を母国語としない、いわゆる外国人医師に支えられている部分も多かったらしく、その担当医もその中の一人でした。バタフライストマックというのは漢字だと”悶“という意味らしく、私は胸がかきむしられるほど苦しい、といったニュアンスでしょうか。言葉の壁だけでなく、多民族国家であるアメリカでは、雰囲気や感触を加味した診断をするのはリスクの多いことなのかもしれません。さらに保険会社や訴訟に対抗するためにも、共有できる診断基準(マニュアル)が必要とされる要因となっているようです。
最近は日本も多民族国家化が進んだらしく、ご注文は以上でよろしかったでしょうか。オーダーはいりまーす。ごゆっくりどーぞ。このマニュアル化はDSMやICDを通して、我々の業界にも着実に浸透しています。ある女性があるクリニックに初めて行った時のこと、眠れる眠れないなどの項目が17個ほどある、うつ病の質問表(うつ状態の重さを点数化する)を渡されました。2回目の時、ずいぶん気分が良くなったなあ、と感じつつ受診しました。また前回と同じ質問表を渡されました。その医師はその点数を見て、全然良くなってないじゃなーい、と言いました。あきれ果てて、二度とその女性はそのクリニックに行きませんでした。
診察にこられた方が少しでも幸せになって欲しいと思いながら、その方の語る症状をじっくり味わうことが適切な診断とその後の治療に結びつくのは、精神科の病気だけとは限らないと思いますが、特に我々の業界では必要なことで、単に箇条書きの症状を並べるだけでは人間はとらえきれません。
と、自分の無能さを棚に上げ、同業者の悪口を書いてしまいましたが、多くの同業者は出来るだけ時間を使い、気持ちを汲むよう努めています。お困りのときはクリニックや病院をご利用ください

平成23年11月

PAGE TOP