- 「ピロリ菌」ってなんだ???―最近、胃十二指腸潰瘍の原因としてピロリ菌が注目されています―
- 投稿者:田中まさはるクリニック 院長 田中 政治
◆ピロリ菌
ピロリ菌の正式名はHelicobacter pyloriといいます。「helico-」という言葉はギリシャ語の「heliko-」から来た言葉で、「らせん」「旋回」を意味しています。ヘリコプターの「ヘリコ」と同じです。「bacter」はバクテリア(細菌)を意味しています。「pylori」は胃の出口(幽門:ゆうもん)をさす「pylorus」からきていて、この菌が胃の幽門部から多く見つかることに由来します。1980年代に発見されましたが、この菌がいろいろな病気の原因になっていることが最近明らかになってきました。菌の長さは3~4ミクロン(1/1000mm)で、2~3回緩やかに右巻きにねじれています。片側に4~8本のべん毛が生えています。ピロリ菌は胃の粘膜に好んで住み着き、粘膜の下にもぐりこんで生育します。胃の酸度はpH1~2で強酸性であり普通、細菌は生きられません。ピロリ菌も活動するのに最適なpHは6~7で、4以下では生きられません。ではなぜ胃の中で生きられるのでしょうか?秘密はピロリ菌の持つウレアーゼという酵素です。この酵素によって胃の中の尿素という物質からアンモニアを作り出し、アルカリ性のアンモニアで胃酸を中和するのです。このようにしてピロリ菌は自分の周りに中性に近い環境を自ら作り出すことによって、強酸性の胃の中でも生きることができるのです。
◆感染率
ピロリ菌の感染率(人口の何%の人が感染しているか)は国や地域、年齢によって違いがあります。発展途上国では高く、先進国では低い傾向がみられました。特に上下水道の普及率の低いところで高いとされています。また、アメリカの調査では経済状態によっても感染率が違い、年収の高い人のほうが低い人よりも感染率が低いという結果が出ています。
日本人はピロリ菌感染率が先進国の中で際立って高いのです。40歳以上では発展途上国型、40歳以下では先進国型の感染率を示しています。これは、40歳以上の方は戦後の衛生状態が悪い時代に生まれ育ったため、このような高い感染率(70~80%)を示したと考えられています。ピロリ菌は主に口から感染するといわれていますが、感染経路ははっきりしていません。しかし、感染は免疫能力が不完全な幼少期に起こり、成人は感染する機会はほとんどないと考えられています。親がピロリ菌に感染している家庭では幼児に口移しで食べ物を与えないなどの注意が必要でしょう。
◆ピロリ菌がいると必ず潰瘍になるの?
ピロリ菌に感染すると必ず潰瘍になるわけではありません。ピロリ菌感染者のうち約2~3%の人が潰瘍になります。しかし、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の人のうち約80~90%がピロリ菌に感染しており、ピロリ菌は潰瘍の原因として大きな比重を占めています。また、ピロリ菌は多くの病気と関連があるといわれています。その病名の筆頭は胃・十二指腸潰瘍ですが、胃がん、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少症、萎縮性胃炎、胃過形成ポリープ、機能性ディスペプシア、逆流性食道炎、鉄欠乏性貧血、慢性蕁麻疹、気管支喘息、心筋梗塞等なども関係があると言われています。
◆ピロリ菌の検査
現在日本で行われている検査は9種類です。検査は、内視鏡検査が必要なものと必要でない検査の二つに分けられます。保険適応は現在では胃・十二指腸潰瘍の人にしかありませんが、学会、その他の研究会などによって潰瘍がない人にも保険適応ができるよう行政に働きかけが進められています。
1) 内視鏡検査が必要な検査
*培養法:設備が必要で判定に時間がかかる
*迅速ウレアーゼ試験:判定時間が短いが、除菌治療(ピロリ菌を取り除く治療)直後はやや不正確になる
*鏡検法(病理組織検査):組織をとる場所によってはピロリ菌が見つからないこともある
2) 内視鏡が必要のない検査
*UBT(尿素呼気検査):精度が優れていて簡便
*血清(尿)抗体測定法:除菌治療後抗体が低下するのに時間がかかる
* 糞便中抗原検査:2003年以降保険適応
※実際は内視鏡検査で潰瘍と診断されその際に迅速ウレアーゼ試験を行い、陽性であれば除菌治療を行ってから除菌の判定には尿素呼気試験を行うことが多いようです。
診断法
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特徴
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内
視 鏡 検 査 が 必 要 |
培養法 |
組織を培地に植えて培養する。 発育した菌を使って薬が効くかどうかなども試験できる。 設備が必要で判定に時間がかかる。 |
迅速ウレアーゼ試験 |
試験液の色がピロリ菌のウレアーゼの働きで変わるかどうかを見る。 判定時間が短いが、除菌治療直後はやや不正確になる。 |
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鏡検法 |
内視鏡時に採取した組織を染色して顕微鏡で観察する。 組織をとる場所によってはピロリ菌がみつからないこともある。 |
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内
視 鏡 必 要 な し |
UBT(尿素呼気試験) |
13C尿素(炭素原子にしるしをつけた尿素)がピロリ菌によってアンモニアと二酸化炭素に変わることを利用し、呼気のなかの13Cを測定する。精度が優れていて簡便。 |
血清抗体測定法 |
血液検査でピロリ菌に反応する抗体があるかどうか検査キットで判定する。 除菌後抗体が低下するのに時間がかかる。 ※血液ではなく尿からも抗体の測定ができます。 |
もちろん、自費であればすべての検査が可能です。
◆ピロリ菌の除菌治療
ピロリ菌の除菌治療は「プロトポンプ阻害剤(PPIと略します)+抗生剤(抗生物質)」という組み合わせで行われます。PPIは潰瘍治療の薬で、胃酸の分泌を強力に抑える働きがあります。抗生剤はいわゆる抗生物質のことで、菌をやっつける薬です。PPIを一緒に使うことで胃の酸のために抗生剤が働かなくなってしまうのを防ぎます。抗生剤2種類を、PPIとあわせて使うことから「3剤併用療法」と呼ばれています。現在この3種類をパックした除菌治療薬があり「薬の飲み方が難しい」「薬の飲み忘れ」などの問題が改善されました。パックしていない除菌治療薬を利用することもできます。薬には副作用がありますが最も多く見られるのは「下痢・軟便」です。症状が軽い場合には整腸剤などを併用することもありますが、ひどい腹痛や頻回の下痢があらわれたら、すぐに主治医に相談してください。他に、過敏症(発疹はど)、肝機能異常、味覚異常などが出ることもあります。治療中、普段と違うことがあれば、自分の判断で治療をやめたり我慢したりせず、主治医に必ず相談するようにしましょう。
ピロリ菌の除菌に成功すると、何度も再発を繰り返していた潰瘍の再発が抑えられ、維持療法(潰瘍が治った後も、再発予防のために薬を飲み続けること)が必要なくなる効果、可能性が出てきます。ただし、除菌の治療は中途半端に止めたりすると、ピロリ菌が薬に対して耐性を持ち、次に除菌をしようと思っても薬が効かなくなるおそれがあります。必ず医師の指示通りに薬を飲むことが必要です。除菌治療は1週間ほどで終わりますが、その後も潰瘍の治療は一定の期間必要になることがあります。
除菌治療の成功率は約80~90%で、必ず成功するわけではありません。除菌がうまくいかなかった場合は、薬の種類を変えて二次除菌治療を行うことができます。なお、二次除菌治療中は薬の都合でお酒を飲まないで治療する必要があります。
胃の調子が悪い方は一度検査をされてみてはいかがでしょうか
平成21年5月