- ちょっと危険な心電図の話
- 投稿者:かわち内科循環器科医院 院長 河内 祥温
健康診断などで心電図検査を受けて何やら難しそうな事を言われた方もおられることでしょう。健診では教科書的に正常でない限り再検とか要精密などと判定されますから、実際には問題ないことの方が多いようですが、一方では治療や経過観察の必要な場合もしばしば見受けられますので、何らかの心電図異常を指摘されたらやはり専門医を受診するのが望ましいでしょう。
一般的な不整脈や虚血性心疾患を疑わせる所見であればその後のフォローアップはそれほど難しいことではありませんが、時にはその後の対応に苦慮する心電図所見があります。
心電図は心臓の拍動における心筋の電気現象を連続して記録するものです。ある一つの誘導では同じ波形が繰り返し出現しますから、リズムの異常や波形の変化などから不整脈の有無やその分類、また心筋の異常状態などを知ることができます。心電図の一拍は心房の収縮、次いで心室の収縮とその回復過程の電気的な経時変化を表しています。この波のある部位の基線からの偏移や、特定の2点間の経過時間の長短によっては、ある種の致死性不整脈の発現の可能性を心配しなければならない事があります。
突然死とされている症例のなかには、これらの心臓の電気現象の異常によるものが含まれていることは確実です。代表的なものに、QT延長症候群、QT短縮症候群、早期再分極症候群、ブルガダ症候群などがあります。
QT時間とは心臓の(一拍動の)電気的興奮の開始から終了までの時間をいいます。これが正常より長くなると、心臓が電気的に不安定になり危険な不整脈が誘発されやすくなります。大まかに言って補正したQT時間(QTc)で440mSec 以上をQT延長としますが、どこからを「QT延長症候群」とするかは難しいところで、QTc値、臨床症状、家族歴等を点数化して診断を決定します。QTcが550mSecを超すと危険なようです。
QT延長症候群は先天性と後天性に分類されます。後天性の場合は何らかの薬剤による過剰反応や副作用によるものが多いようですが、遺伝子異常を伴っている例もあると言われています。先天性疾患は常染色体優性遺伝のもの(ロマノ・ワード症候群)、同劣性遺伝のもの(ジャーベル・ランゲ・ニールセン症候群)が知られています。詳しい統計はありませんが、先天性QT延長症候群は2,500~5,000人に1人の発症率とされています。乳幼児突然死症候群との関連も指摘されています。
QT短縮症候群(QTc 330mSec以下)も先天性と二次性のものがあります。先天性疾患は非常に稀であり、いくつかの遺伝子異常が報告されていますが、発生頻度はわかりません。これも致死性不整脈の発現が危惧される異常です。
QTの延長や短縮は最近の心電計は自動計測してくれますので検出は容易です。検出機能がなくても心電図を実測して補正計算をすることで判定できます。微妙なのが早期再分極症候群といわれる異常です。
早期再分極症候群とは心臓の電気的興奮が正常より早く収束過程(再分極)に移行する状態を言います。これも心筋の電気的不安定性を呈して心室細動などが発生しやすいと考えられています。問題はこのパターンの心電図は高頻度に認められることで、軽い異常まで入れれば10人に1人とも言われています。多くの例では何の自覚症状もなく、不整脈の出現もありません。それ故、以前は正常亜型とも言われていました。ところが10年ほど前からこのパターンの心電図を呈すグループでは、そうでないグループより「特発性心室細動」の発生が有意に多いとの報告がされるようになり、不整脈疾患として扱われるようになりました。失神などの病歴や、心疾患の家族歴の有無などを考慮して経過観察、場合によっては積極的治療をすべきと考えられています。この病態は前述のQT延長症候群や次に述べるブルガダ症候群との関連も指摘されています。
ブルガダ症候群は報告者達の名をとってそう呼ばれています。一見してそれと分かる特有の心電図所見を呈し、心室細動をおこしやすい危険な病態ですが、心臓の形態や日常での心機能については問題ありません。40歳代を中心とした男性に多くみられ、男女比は9:1とされています。発生頻度は1,000人に一人であり、その0.5%が突然死していると言われています。この疾患はアジア人に多く、夜間突然死症候群とか「ぽっくり病」と言われていたものではないかとの話もあります。遺伝子の異常も指摘されていますが完全には解明されていません。自律神経の関与も指摘されており、冠攣縮性狭心症や神経調節性失神の合併も多いようです。心臓内の部位による電位の偏りが心室細動を誘発すると考えられています。
残念ながら今のところ、これらの致死性不整脈をもたらす症候群の根本的治療法はありません。必要に応じて抗不整脈剤などの服薬も行われますが、逆にこれが不整脈を誘発する危険性もあり難しいところです。心室細動の既往などがあればICD(植込み型除細動器)の適応となりますが、多くの例では無症候で経過しており、除細動器植込みについてはその適応のための重症度分類が提唱されています。自立神経の関与については、日常生活の指導などが必要になってきます。
一枚の心電図からは上記の突然死にかかわる異常を含めてさまざまな情報を得ることができます。、心電図異常を指摘された場合、自覚症状がなくても一度は専門医を受診される事をお勧めします。
平成29年8月