- 当院における麻酔の現状
- 投稿者:福岡志恩病院 麻酔科 藤井 健
福岡志恩病院は整形外科疾患に特化した病院ですので、手術も当然 整形外科疾患だけです。当院には手術室は2室あり、一昨年(2020年)は手術症例706例中 麻酔管理574例、昨年(2021年)は手術症例691例中 麻酔管理557例の手術を私ともう一人の麻酔科医師の常勤2名体制で行っています。当院は救急指定病院ではないため、骨折等の外傷の手術は少なく、慢性の変性疾患がほとんどです。その大部分が脊椎、肩、股関節、膝です。今回は、このような症例に、どのようなことを心掛けて麻酔を行っているのかをお話ししたいと思います。
麻酔の基本的な業務は確実な鎮痛および鎮静を行い、呼吸・循環を中心とした全身の管理を行うことですが、それ以外に私には2つ気を付けていることがありますので、順にお話いたします。
一つ目は麻酔法を選ぶ際に、できるだけ簡潔でありながら確実で、なおかつ低コストであるということです。例をあげれば、硬膜外麻酔(以下epi)という方法があります。これは総合病院では今でも一般的に行われている麻酔法ですが、整形外科手術しか行わない当院ではほぼ行っていません。epiという方法は、硬膜外腔という場所にチューブを留置し、そこから局所麻酔薬を注入していくことで、チューブ周囲部の神経に関与する部分に麻酔がかかるというものです。epiの最大のメリットはチューブが留置してあるため、そこから何度でも薬を注入できるということです。つまり、手術中の麻酔だけでなく術後鎮痛目的にも有用であるというものです。当院ではこの術後鎮痛という部分に別の方法(後述)を取り入れていますので、手術中の麻酔が行えれば良いというように考えました。当院の手術症例のうち、epiの適応症例となるのは股関節以下の下肢手術です。現在、下肢手術は脊髄くも膜下麻酔(以下SP)という方法で行っています。epiとSPでは手術中の麻酔、主として鎮痛作用ですが、これには差はありません。どちらの麻酔法もわかりやすく 言えば、腰から注射をして下半身に麻酔をかけるというものですが、epiと比較するとSPの方が手技的にも簡易であり、準備を含めて非常に短い時間で行えます。また、薬剤を注入してから手術に対しての十分な鎮痛効果が発現するまでの時間も、SPの方が10分以上も早くなります。また、材料費に関しても、epiでは前述したとおりチューブ等が必要ですが、SPでは細い針以外必要ありませんので、かなり低コストで行えます。整形外科領域の下半身手術という限定的なものではありますが、短時間及び低コストでありながら、安全、確実な方法であると自負しています。ただ、このようなやり方を同門の、とある総合病院の麻酔科医に話したところ、「他科の手術もあるので整形外科だけ方法を変える方が面倒である。」、「簡易な方法ばかりを行っていると若い研修医等、経験の少ない医師の成長につながらない。」と言われました。私が当院で行うには理想的な方法ですが、一般的ではないということです。
もう一つ気を付けているのが患者様の早期ADL(日常生活動作)復帰です。全身的な話ではなく、わかりやすく言えば早く普通に食事をとれるように麻酔法を考える、ということです。私が麻酔科になった30年近く前は、全身麻酔といえばほぼ100%吸入麻酔(息と一緒に吸う薬)でした。当時、一般的に使用されていたのはN2O(笑気ガス)という薬です。この薬は全身麻酔では日常的に、当たり前のように使用されていましたが、副作用として術後の悪心、嘔吐が20~30%出現します。時代とともに薬剤も進歩しました。現在、当院では全身麻酔のほとんどの症例は静脈麻酔(点滴から薬剤を注入)で行っています。この方法では術後の悪心、嘔吐の副作用はほぼありませんし、また分解、代謝も早いため短時間で覚醒します。悪心等の副作用もなく、眠気も早く消失するため、食事の早期再開には有用であると考えています。
後は術後鎮痛です。痛みが強く食事どころではないとか、痛くて気分が悪いとか、このような理由で食事の再開が遅れることのないようにと考えています。当院で行っている術後鎮痛法では2種類の方法を行っています。1つは末梢神経ブロックです。例えば当院では肩の手術の症例ば多数ありますが、この症例では全身麻酔+腕神経叢ブロックという方法で行っています。腕神経叢ブロックに使用しているのがポプスカインという局所麻酔薬ですが、鎮痛効果としてはほぼ丸一日持続します。ほんの数年前までは局所麻酔薬の作用は数時間、長くても12時間程度でしたが、この薬が開発されてから患者様の術後の痛みは格段に減少しています。
もう一つの方法が関節周囲多剤カクテル療法です。これはRanawatらにより提唱された方法で、局所麻酔薬、モルヒネ、ステロイド、エピネフリンを混合した注射液を手術中に創部へ直接注射するという方法です。この方法は膝及び股関節の人工関節置換術の術後鎮痛法として発表されましたが、当院ではこれを脊椎手術等にも応用し実施しています。下肢に関しては、この方法を採用したことで前述しましたepiを行わないという方針となりました。
以上、福岡志恩病院で行っている麻酔の考え方及びそれに伴った現在の状況を説明いたしました。整形外科領域に特化した考え方、方法なので分かりにくい部分もあるかと思います。ただ患者様には整形外科手術を受ける場合、福岡志恩病院なら安心だと思っていただけるよう、今後も努力していきます。
令和4年3月