- 本当は怖い便秘のお話
- 投稿者:嶋田病院 消化器内科 矢山 貴之
『便秘は生活の質を下げる』のは当然のことかと思いますが、便秘は実は『いのちに関わる』ことをご存じでしょうか。2010年の米国の研究では慢性便秘症患者を15年間追跡調査したところ、慢性便秘症患者はそうでない方と比較して15年後の生存率が2割以上悪化したということが明らかとなりました。排便時の怒責(いきみ)が血圧上昇を引き起こすことで心血管イベントが増大することが主な要因と言われますが、『便秘は生活の質を下げ、寿命にも直結する』ことがわかってきたのです。
また、救急外来ではよく『便が出ない』ことで受診される方もおられますが、その中には便が長い時間腸にとどまることで、水分を吸収され固くなり、ワインのコルク栓のようになってしまうことで、腸を閉塞させ便の流れを詰まらせてしまう『糞便性腸閉塞』にまで至ってしまう方もいます。私は前任地でこの『糞便性腸閉塞』について臨床研究を行っておりましたが、嶋田病院でも調べてみたところ2010年4月から2022年11月までの間、この『糞便性腸閉塞』にまで至った方は58名おられ、中には大腸が壊死してしまい広範に切除しなければならなかった人や、不幸にも命を落とされてしまった方も数名おられました。すなわち『便秘によって生じる糞便性腸閉塞で、時に死に至る』のです。
『糞便性腸閉塞』は重症化すると死につながる非常に怖い病気ですが、早期に発見して排便を誘発できれば速やかに改善する病気でもあります。しかし、どこまでが『便秘』でどこからが『糞便性腸閉塞』かの線引きは難しく、また『糞便性腸閉塞』の重症度基準や治療指針については現在国内外問わず存在しません。そのため、私は今後それを作る一助ができるように学会発表や論文作成など活動をしております。
そして、『糞便性腸閉塞』を正しく診断し治療する、或いはそうなる前に予防するためには、その上流にある『便秘』の専門家となる必要があると考え、改めて調べました。便秘は調べ始めると非常に奥が深く、その成因には①摂取する水分の質と量、②摂取する食物の質と量、③自律神経系のバランス、④運動不足や筋力の低下、⑤感染や腸内細菌叢の乱れ、⑥基礎疾患(神経疾患、糖尿病など)、⑦薬剤(降圧薬、睡眠薬、抗うつ薬など)など非常に多くの因子が複雑に関わっていることがわかりました。まだ確たる治療指針が定まっているわけではありませんが、2017年に刊行された便秘診療ガイドラインを始め、数多くの本や論文が発表され、多くの方が研究されており、便秘診療は飛躍的に進んできていることもありますので、その恩恵に預かりながら、私自身も便秘で悩まれる地域の方々のお役に立てるようにと思い、便秘外来を開設することとなりました。
また、便秘に大腸がんなどの重大な疾患が隠れていることもあります。実際に嶋田病院では2021年に2526例の下部消化管内視鏡検査(大腸カメラ)を行い、50例(約2%)の大腸がんを発見しましたが、そのうち便秘や閉塞症状で発見されたものは4例(8%)でそのすべてが進行大腸がんでした。また、50例のうち自覚症状がないか乏しいもの(便潜血陽性、健康診断、フォローアップ)であったものは24例(48%)で、更にその中の6例(12%)はすでに進行大腸がんとなっていました。
大腸がんは早期(ステージⅠ)であれば5年生存率が90%以上と言われます(ステージⅣでは21.4%)。下部消化管内視鏡検査では、10㎜以上の病変は79~100%発見できると言われますので、大腸がんが心配の方はぜひ一度ご検討ください。私はできる限り痛みの少ない、丁寧な内視鏡を心掛けておりますが、当院では希望される方には眠った状態での負担が少ない検査も行っております。
『便秘』というように、昔から排便については秘め事とされ、なかなか他人に相談できないという方もおられると思います。しかし、便秘によって腸管が拡張した状態が続くと、ゴムが経年劣化で伸びきってしまうように、腸管も伸びきってしまっていよいよ便秘の治療が難しくなることもあり、薬剤抵抗性となって手術が必要になることもあるのです。様々な生活習慣病と同様に、『便秘』も早期発見と治療が重要な病気です。そのため、嶋田病院ではこの度『便秘外来』を開設いたしました。「このくらいなら…。」と抱え込まずにお悩みの方はどうかお気軽に外来を受診していただければ幸いです。
令和5年3月