- 病気の診断のおはなし
- 投稿者:聖和記念病院 院長 川平 幸三郎
1.はじめに
津古では麦の収穫が終わり、今年も稲作のシーズンとなりましたが、稲はみるみる成長して緑を濃くしています。
入院中の方が、窓から眺めながら、病気の回復以上に身も心も清々しくなると話されます。日頃、環境のいいところで仕事をさせていただいていることに感謝しています。
件の内臓はどこにあるなんて、平生気付かずに過ごしていますが、病気になると、具合の悪い臓器はこの部分にあるのではないかと自然と気付かされる。
「胃が悪い」とか、「ここは胆嚢でしょうか、痛いのですが」とか「片方の背中が痛いが、腎臓ではないでしょうか」と言って来院されるかと思えば、のどが痛いから咽頭炎です、咳が続いているから気管支炎ですと、正確に病名を言って来院される場合も多い。
診察にあたった医師が、「ほう診断までつきましたか。ドクターはいらないですね」と言ってしまって、顰蹙をかうこともあると、かつて教訓的に教えられました。
しかしこれは大変ありがたいわけで、診察によりその病気であるか否かを、まず調べることになります。
全く症状を来たさない病気の診断は、医師の前に現れないので、難しい。ドックなり、検診なりを他所で受けて、その結果から紹介状を持って来院されることになります。受診がもし遅れれば、病変は更に甚だしくなっていることがあり、診断はおろか、短期間の変化が大きいと、悪性の可能性も高いと診断できることもあります。
2.2008年度から始まった特定健康診査
さて2005年4月にメタボリックシンドロームに関する基準が作成され以下の診断基準が作成されています。
A.腹囲 男性―85cm以上 女性―90cm以上 B.最高血圧 130mmHg以上 最低血圧 85mmHg以上 C.中性脂肪 150mg/dl以上 HDLコレステロール 40mg/dl未満 D.血糖値 110mg/dl以上 |
この基準に合わなくても病気である場合もあり、またこの基準で病気でない人がいるということ、メタボリックシンドロームを以前から啓蒙していた京都大学循環器内科北教授の講演で示唆された時、聴衆にどよめきが起きました。しかし考えてみれは当然です。むしろ8割近くがこの診断基準に合うという研究結果はある意味驚きでした。
ある数値以上なら、病気であると診断する時、true positive、true negative、false positive、false negativeがあるのは当たり前です。このfalseの部分が小さくなる検査が望ましいのは言うまでもない。
肝機能のAST,ALTについては35-40 U/l以下が正常とされている。しかしC型慢性肝炎のIFN治療後、これらの値が大体18以下になる場合が多いことに気づきます。肝臓に何も負荷がない場合、正常は18以下なのかも分からない。暫定的に28前後以下をもって正常と考えるという私見を述べる専門家もおられます。
いずれも安静時で、かつて収縮期血圧は年齢+90を正常とされたこともあります。そして今まで160mmHgを経て、今日130mmHg以下となった。
これらの値は純粋に科学的また学問的に追試されることで、変動しうる。最近はこれに、医療経済的側面も折あらば入り込もうとしている。
3.画像診断の正常とは
肺の異常の診断に胸部Ⅹ線検査は手頃ですが、読影は難しい。あまりに多くの構造が写しこまれているからです。経過のⅩ線写真を参考にしても、病変を読み落すことも少なくない。絶対に見逃さぬものかと読影の感度をあげて当たると、当然ながら、読み過ぎも増えてしまいます。
胃集団検診のフィルム読影では、精度管理の場で、経過観察や、内視鏡、あるいは手術によって結果が判明した症例を例にとって、見落としと読みすぎを教えて貰っていますが、画像診断につきものとは言え、難しい。
CTは確かに病変の描出力は優れているので、わずかな変化でも画像に表れていることが多い。CT読影は余すところ目を配り、表現された病巣を逃さないように努めるが、どういう所見以上が異常とするのか閾のところが難しいことはⅩ線検査の場合と同じです。
筑波大学の野口先生のがんセンターの肺腺がんについて、症例の経過をつぶさに追って、異型腺腫様過形成 (AAH)は前癌病変であり、さらに野口のA、B,C,Dなどを知り、C以降が進行がんであることを学んだ。この知見はCT検査によく合う分類であり、お陰で、早期肺がんも発見できるようになりました。しかしこれとて、読影の現場ではどの所見以上が有意であるかに関しては閾値があります。病変を探そうとすると肺がん以外の病変、例えば肺内の腫大したリンパ節なども見つかり、肺がんと誤診してしまうことも多い。
MRIは拡散画像によれば、早期の脳梗塞を探せます。しかしぼんやりした画像の中に白く写っている病変があるとします。その際、片麻痺なり、構音障害などの神経学的所見がに矛盾しない部位に病変があれば部位診断が確実になります。
最近は拡散画像を全身検査に用いると病変の部位が高輝度になり、あたかもPETの様に病変に信号がありますので、診断が容易にあるとの報告があります。
さてPETですが、PET-CTのfusion画像になって、病変の解剖学的位置が良くわかるようになっています。血糖が高いとFDGの集積がかき消されたり、脳では血糖は正常でも糖の集積があり、直ちには病変が描出できないこともある。この検査にも閾値があるのは当然です。SUV(standard uptake value)を参考にして良悪性診断もなされますが、良悪性2群の閾値はある。
最後に超音波検査です。超音波検査では対象臓器はくまなくスキャンしますので、他の画像診断と異なり、対象に限っていえば見落としは少なくなります。
しかし、病気を疑っていなければ、検査はスキップされることがあり、病気との診断は勿論難しい。たとえ画像に映しこまれていても。
4.終わりに
かつて福岡東病院の院長を長年なさり、糸島医師会病院院長をなさった飯野耕三先生の本があります。「臨床医45年の提言―医は誰のもの」(西日本新聞社)と名打たれています。先生の温かいお人柄を彷彿するご本です。「最後に-膵臓がんと闘う」の章で先生は自分の膵臓がんの発見の経緯と治療中であることを記されています。CA19-9は調べていたが正常であったものの、膵臓がんを疑ってから4ヶ月後のDUPANⅡが著しい高値だったので自分の場合、最初に検査すべきだったけれど、人によりさまざまであるので、結果を知ればそうであるけれど、腫瘍マーカーの選択は当初困難なのだと記してあります。
先生の場合、超音波検査により、膵体部から尾部にかけ3.7cmの腫瘍があったが、今は膵臓に疑いがあれば、腫瘍マーカーよりも先に超音波検査やERCPまたはMRCPが選択されるのが筋であると書かれています。
血液検査の選択、画像診断のプライオリティの決定のことを考えると日常臨床には困難が多い。
九州大学の田中雅夫教授、九州がんセンターの船越顕博先生が主宰の福岡膵疾患懇話会の症例の勉強会に参加し、時にクイズの司会を仰せつかりますが、いつも膵がんの周辺の診断は難しいと痛感しています。
平成20年8月